火屋とは火葬場のことで、
火葬に先立って行なうおつとめを火屋勤行という。

現在は火葬場に僧侶が付き添わない場合もあり、
そのような時は葬儀場での葬場勤行に続いて火屋勤行が行なわれる。

火屋勤行では「重誓偶」という『無量寿経』の偶文が読まれ(大谷派は歪信偶』)、
短念仏・回向が唱えられる。

阿弥陀仏

「重誓偶」は「三誓偶」ともいうが、
浄土宗では「四誓喝」と呼ぶので少々まぎらわしい。

「三誓」というのは、
偶文中に三度「誓不成正覚」(誓って正覚を成ぜじ)が出てくるためで、
「重誓」というのは、
念仏する衆生を浄土に迎え入れることなどを誓った四十八願がこの偶の前に説かれているので、
これに続いて衆生救済の誓いを重ねて行なうという意味である。

阿弥陀仏の本願(仏になることをかけて達成を誓った衆生救済の願い)を端的に語るとされるこの偶が、
どうして火屋勤行に唱えられるようになったのかわからないが、
あるいは地獄などへの道を閉ざし、
浄土〈悟り〉への道を通じるという意味の「閉塞諸悪道通達善趣門」という句があるためかもしれない。

火葬が終わると拾骨になるが、
この時には同じく『無量寿経』の「讃仏偶」(「歎仏偶」ともいう)と短念仏・回向が唱えられる。

修行者であったころの阿弥陀仏が、
師であつた世自在王仏の徳を讃えて唱えたとされるこの偶が、
拾骨の場面で唱えられることについても理由ははっきりない。

『浄土真宗用語大辞典』によれば、
「往親偶」「重誓偶」「讃仏偶」の三偶は「ともに霊豊寿経』の全体を圧縮しているともみられる重要な意味をもっている」というので、
葬儀全体で『無量寿経』の教えを表現しようとする意図を見るべきなのかもしれない。

なお、
大谷派では『正信偶』が読まれる。

仏像10