なぜ宗派によってお経や所作が異なるのか?

葬儀は友引の日が避けられる。

「友引」は本来「共引」で、

「引き分け」「勝負なし」といった意味であり、

暦の上では朝夕は吉だが正午のみ凶の日を指したのだが、

「友を引く」(新しい死者を招く)とも読めることから

死の連鎖を招く日のように考えられるようになった。

この背景には死んだばかりの霊は

仲間を連れていきたがるという民俗信仰があり、

とくに死者と同年輩の者は誘われやすいと信じられた。

仏像

これを防ぐ呪法に、

餅などを耳にあてる耳塞ぎや年齢より多くの餅を食べて

年とりをするといったものがあった。

 

しかし、

現在ではそうした信仰によるというより、

火葬場が休みになっているという

現実的な理由によって葬儀が避けられているといえる。

 

さて、肝心の葬儀(葬式)であるが、

その内容は各宗の教義と密接にかかわっており

一様ではない。

 

読まれるお経が異なるだけではなく、

導師の所作も異なり、

使われる仏具も異なる。

 

同じように読経しているように見えるかもしれないが、

法要に込められたストーリーは

宗派によって違っている。

お地蔵さん

たとえば、

浄土宗は極楽浄土へ死者を見送る儀礼とするが、

浄土真宗では門徒は死とともに往生していると考える。

 

日蓮宗では釈迦が説法をしているという

霊山浄土へと送り出す儀礼だ。

 

なお、

告別式という表現も葬儀において用いられるが、

もとは火葬前に親族や友人が故人との別れを惜しむ

無宗教の会のことをいった。

 

明治三十四年(一九〇一)に行なわれた

中江兆民のものが最初とされるが、

その後、寺院ではなく自宅で略式の葬儀を行なうことを

自宅告別式と呼ぶようになった。

 

現在は葬儀と同時進行で行なわれる一般会葬者の焼香のことを

告別式と呼ぶことが多いようだが、

葬儀とは別に式を行なうこともあり、

その場合も無宗教形式と僧の読経を伴うものの二種類があって、

その内容は定まっ葬儀が終わると棺の蓋に釘が打たれる。

 

その前に「最後のお別れ」が行なわれ、

祭壇の花などを入れる。

 

釘は石を使って遺族が順番に打つ。

釘打ちの儀

民俗信仰においては、

棺を家から出す作法、

棺を出した後の作法など、

出棺前後には細かな儀礼が数多くあるのだが、

現在はほとんど行なわれない。

 

伝統的な葬儀ではこの後に

墓所か火葬場まで葬送行列(野辺送り)が行なわれるのだが、

現在では霊枢車が普及したため行なうところは数少なくなってしまった。

 

遺骨を墓に納める時に

行列を行なうように変更した地域もあるが、

これも自動車の通行量の増加や

儀礼の伝承者不足といった事情から

継続が難しくなってきている。

 

ただし、

火葬場への道行きでは喪主が位牌を持つといった、

葬送行列の作法の一部はいまも保持されている。

 

葬送行列に代わって行なわれるようになったらしいのが、

喪主による会葬御礼の挨拶である。

いつごろから一般化したものかわからないが、

結婚式場の普及によって結婚式がショー化したように、

実務全般を葬儀社に委ねるようになったことにより、

葬儀もまたショー化しつつあることを象徴するもののように思える。

家族葬